59歳での決断
私は現在59歳。あと半年もしたら還暦を迎えます。
この年齢になって私は離婚し、自営でしていたサロンも廃業し、一からのスタートとなってしまいました。
ほとんど貯蓄はなく、仕事もまずは派遣で働き始めることになり、現実に直面しこの年齢でとても無謀なことをしたものだと思いました。
これからの自分の人生がどうなっていくのか。
孤独や病気や貧しさに苦しむ老後が待っているのではないかという不安で、恐ろしくて仕方がないこともたびたびあります。
でも自分で選んだ道だから、もう後戻りできない。
それに後悔していない。長年背負ってきた重たいものがなくなって、気持ちは軽くて自由なのが嬉しい。
そして幸い健康で元気もあります。
先の不安なんて誰もがあるはず。
少しでも幸せに老後を生きられるように、今のうちにできること、やりたいこと、そしてやるべきことをやっておきたいと思っています。
離婚
14歳年上の元夫とは結婚生活は28年、出会いからは32年を共に過ごしてきました。
大恋愛をして結婚したはずなのに、リストラから始まりギャンブル依存症になってしまった元夫には金銭的に本当に苦労させられました。
結婚してからの私はとにかく昼も夜も働いて、それでも金銭的に苦しい生活をするしかなく、「私は一生こんな生活をし続けて死んでいくのだろうか…」と辛く悲しい気持ちをずっと抱えて生きてきました。
離婚したいと思っても、借金だらけで部屋を借りるお金もなく、子供を抱えて
思い切った行動に出る勇気もなく、そのうち私の人生はこんなものなんだとあきらめの気持ちで生きていたように思います。
そんな生活で気持ちの余裕など持てるはずもなく、心はすさみ、我慢ばかり。
きっと私は醜かったり、くたびれて貧相だったこともあったと思います。
離婚のタイミングは突然やってきました。
醜い言い争いばかりの劣悪な環境の中で、物心ついた頃からずっと耐え続け私を支えてくれた息子も成人し、家を出たいがためにコツコツお金をためていました。
そんな中、私たち両親の言い争いの巻き添えをくい、父親に罵倒されたことで我慢も限界だったのか家を飛び出してしまったのです。
自分のことなら我慢はできても、大事な息子を、何も悪くない息子を傷つけた元夫には怒りしかなく、自分自身も責任を感じてしまいました。
息子を自由にしてあげたい。これでやっと息子は解放されると思いました。
でも生活費を入れてくれていた息子が一人暮らしをすれば、私はますます蟻地獄のようにこの生活から逃げられなくなる…と絶望感でいっぱいでした。
どんなことをしてでもお金をためておけば良かった。そうしたら私も飛び出すことができたのに…と悔し涙がこぼれました。
でも息子は私と一緒に生活することを提案してくれたのです。
一人暮らしをしたいとずっと言っていたのに、私に救いの手を差し伸べてくれたのです。
そして私は息子と住むところを探し、あっという間に引っ越しをし、離婚をすることができたのです。
ただ自分でも驚いたのが、離婚を決断した時から恨みや憎しみの気持ちがどうでもいいことになってしまったことです。
人は追い詰められたり、憎しみ合っている時は正気ではいられないものなのだと思いました。恐ろしくもあり悲しいものですね。
私は59歳にして離婚して、やっと30代~50代の苦しみや戦いから解放されたのです。
稼ぐためにコールセンターへ
私は今まで女性専用の美容サロンを経営していましたが、離婚の少し前に廃業しています。
このことは実はすぐに後悔しました。
やっと夢を叶えて開業し、お客様にも恵まれていたのに。
大切なものを自分から手放してしまった後悔がありました。
廃業したいちばんの理由は介護に時間をとられてしまったからです。
離婚の前に私は一人暮らしの叔父の介護をしなければならなくなり、何ヶ月もまともに仕事ができませんでした。
家賃や光熱費そのた諸々支払いが毎月かなりある中で、お客様をお断りして月の2/3以上を営業できなのは大打撃でした。
家庭の支払いも大変なのに、これではダメになる…と思い、また疲れ切っていたのもあり楽になりたいと考えてしまったのです。
常連のお客様もいたし、長年通ってくれている方たちには申し訳なかったけれど、ほぼすべての物を処分しサロンを閉店したのです。
のんびりする暇などない。すぐに働かなければ…
59歳という年齢で仕事を見つけるのは簡単なことではないと思い、私はすぐに派遣会社に登録してあっという間にコールセンターで仕事をすることになりました。
何もわからないところから始まり、久しぶりに雇われて働くということをやってみて、嫌なことや受け入れられないこともありました。
でも日曜日や祝日は休める。夕方には仕事が終わり家でご飯を食べ、ゆっくり夜を過ごせることはとても心が安定し、幸せを感じました。
サロンをやっていた時は、土日祝日はむしろ忙しく、夜もほとんどいつも家に帰るのは終電近い時間でした。
だからゆっくり夜を過ごせることに感謝し、楽しみ堪能しました。
自分で決断したことだし、コールセンターで長く勤められるように頑張ろうと決心しました。
コールセンターを甘く見ていた
私の周りの人たちを見ていても、仕事を探す時には手っ取り早くコールセンターという感じでした。
求人も私くらいの年齢でもコールセンターならいくつも仕事があり、時給も悪くない。
昔テレアポの仕事をしたことがあるし、電話での仕事に抵抗はありませんでした。
でも私が思っていた以上に大変な仕事でした。
覚えることが際限なくあり、一人前に仕事ができるようになるには時間がかかる。
誰でもできる仕事ではないな、と思いました。
実際辞めていく人の数はとても多いですし、ストレスも多い仕事です。
何より今まで自営で自分の思う通りにやってきたので、拘束されたような不自由さになかなか馴染めませんでした。
59歳にして新人派遣社員。
なんとかやるしかありません。
仕事をすることの厳しさをもう一度経験して、この世界でちゃんとやっていける力をつけようと決心したのでした。
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